avarokitei84のblog

*はじめに。 このブログは、ヤフー・ブログから移行したものです。当初は、釈尊(お釈迦様・ゴータマブッダ)と宮沢賢治を探究してましたが、ある時点で、両者と距離をおくことにしました。距離を置くとはどういうことかと言いますと、探究の対象を信仰しないということです。西暦2020年となった今でも、生存についても宇宙についても確かな答えは見つかっていません。解脱・涅槃も本当の幸せも、完全な答えではありません。沢山の天才が示してくれた色々な生き方の中の一つだと思います。例えば、日本は絶対戦争しないで平和を維持出来るとおもいますか?実態は、戦争する可能性のもとに核兵器で事実上の武装をしています。釈尊の教えを達成したり絶対帰依していれば、戦争が始まっても傍観しているだけです。実際、中世インドでイスラム軍団が侵攻してきたとき、仏教徒の多くは武力での応戦はしなかったそうです(イスラム側の記録)。それも一つの生き方です。私は、武装した平和主義ですから、同じ民族が殺戮や圧政(現にアジアの大国がやっている)に踏みにじられるのは見過ごせない。また、こうしてこういうブログを書いているのは、信仰を持っていない証拠です。

2012年05月

 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
   http://tipitaka.cocolog-nifty.com/blog/



『スズメバチも蜜を吸いに来る--第四章 花の章:49』



 我が家の庭の花の疎林にも蝶や蜂、蝿、虻の仲間?などが蜜を吸いにやって来る。

 特に蜜蜂が可愛い。

 日本の蜜蜂の代表は、日本蜜蜂と西洋蜜蜂らしい。

 なかなか区別が難しく、我が家の庭に西洋蜜蜂は確かにやって来ているが、日本蜜蜂を同定出来ないでいる。

 去年は、福島原発爆発破損放射能放出の影響か、我が家の庭の草木の挙動が何となく普通でなく感じられた。

 八手の花の咲き方が変だったのだ。

 季節がずれているような感じがしたのだ。

 昨年は、菊がたくさん咲いたので、まず、そこにいろんな虫たちがやって来て蜜を吸っていった。

 菊より遅れて八手の花が咲いた。

 この花には蜜が多いらしく、毎年、蜂・蝿・虻の仲間?などがたくさんやって来て蜜を吸って行く。

 面白かったのは、もう秋が深まりかけた頃、大きな黄色スズメバチが蜜を吸いに来ていて、結構お腹に溜め込んだようだが、一見さんだったためか運搬係りがやって来ないため、飛び上がれず、ちょっと飛んでもドタンと落ちたりしていたことだった。

 黄色スズメバチは、あのデッカイ身体に似合わず、礼儀正しく蜜を吸っていた。

 『蜜蜂は(花の)色香を害ソコナわずに(蜜蜂が、色艶と香りある花を損なうことなく)』

 というのは、観察した通りを述べたのだろうと思える。
 だから、この偈頌の比喩は、直喩のようだが、花・色香・蜜(汁)はそれぞれ世俗の男女・人間関係・托鉢食を暗示しているので隠喩ととった方がいいのかな。
 
 釈尊の教えに従う修行者(比丘)が、村や町に行くのは、乞食(托鉢)のためであろう。
 だとすれば、「汁」「味(蜜)」とは、食物の比喩であろう。

 釈尊は、比丘同士でも雑談を慎むように指導したらしいから、まして、世俗の男女と親しく会話するなどということは禁物であったろう。

 釈尊の弟子は、当初、男性だけだったそうだから、「色香(色艶と香り)」という比喩が女性を連想させるが、そこまで深読みせず、人間関係とか会話という程度に読んでおく。

 花の色香(色艶と香り)」が損なわれるということは、村人と比丘の間に相当深い関わりがあったことになる。

 悪比丘という用語が経典の記述にあるので、そういうことを指しているのかもしれない。

 村人(世俗人)を、

『花々を摘んでいる執着の意“おもい”ある人(花を摘むのに夢中になっている人)』に対して、『死神がかれを征服する(死神は〔思いのままに〕支配を為す)』


 と比丘たちに注意喚起していたのだから、村人と親しく話しをしても修行の足しになることは得られない、悪くすれば堕落するのがオチというのが論理の一貫性であろう。

 ごく普通の人間関係すらも拒否しなければ(というより、無視しなければ)修行が成立しないということだろう。


               ***
49. 蜜蜂は(花の)色香を害ソコナわずに、汁をとって、花から飛び去る。聖者が、村に行くときは、そのようにせよ。(中村先生)
               ***
49. また、蜜蜂が、色艶と香りある花を損なうことなく、味(蜜)を取って移り行くように、このように、牟尼(沈黙の聖者)は、村を歩むがよい。(正田師)
               ***


 比丘は沈黙したまま戸口に立つ。
 村人はうやうやしく鉢に食べ物を入れる。
 比丘は黙ったまま立ち去る。
 礼も言わず、頭も下げないらしい。
 ドライに考えれば、修行に励む比丘への布施(供養)は村人の善業(福徳)を高めるので、一種のバーター取引となっているかららしい。

 この偈頌は、比丘のための教えだから、修行の妨げとなるようなことを一切するなということだろう。

 物言いは美しいが込められている意味は苛烈である。


 文章は、普通、誰かを仮想の対象にして書かれるのだろうと思う。

 私の場合はどうなのかな?


 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
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『現代人が納得出来ない釈尊の無常観--第四章 花の章:46~48』



 表題の「納得できない」という表現はちょっと紛らわしくて申し訳ない。

 「出来ない」というより、「したくない」に近い意味なのだが。
 釈尊の無常観(無常ではない)なんて「受け入れがたい(納得したくない)」。
 だから、「納得出来ない」という過程を含んでいる。

 「花の章:46~48」の偈頌は、釈尊の無常観と解脱観、すなわち、四諦(四聖諦)の要諦を巧みな比喩と簡潔な詩で表現したものである。

 日本では、無常観は花そのものを比喩として説かれる。
 四季の違いが顕著で、その変化が明確な日本では、そのような変化をよく表している花は恒常性の無さを表すのに適当な比喩の対象となる。

 ところが、雨季・乾季に分かれる北インドは、夏が長く暑いのが特徴らしい。
 雨もあり、気温も高いとなれば、花は途切れることなく咲くだろう。
 日本の桜のようなパッと咲いて、パッと散るというような観念は生じにくいのではないか?

 だから(と強引に筋書きを作りつつ)、「花の章」なのに、偈頌46では、無常観の比喩に花を使っていない。

 何と、泡沫つまりすぐにはじけて消える水の泡を持ち出している。
 陽炎は、暑くて乾燥気味の北インドの風土に適した比喩の対象なのであろう。
 関東では、夏場、自動車を運転していると、はるか前方の路上に揺らめく巨大な水の塊のような「逃げ水」を見ることがある。
 
 また、47・48は、無常観と無関係のようにも感じるだろうが、これぞ今日の表題の所以である。

 47・48の、
 
「花を摘むのに夢中になっている人」
「花々を摘んでいる執着の意ある人」

 とは、私のことなのである。

 74歳にもなって、私はまだ「花々を摘んでいる執着の意ある人」であり続けているのだ、お恥ずかしい。

 私の生存が無常であることを頭では理解できていても、自分の生存への執著を断ち切れず、無常な自分の生存という在り方は、「苦」なんだと実感できないのだ。

 つまり、身体も心(に生起する想い)も無常だと何となく実感できるのだが、それはほんの束の間の体験であり、すぐ、無常→苦という釈尊の無常観を忘れて次々何かをしようとしているのだ。

 正直言うと、現代人にとっては、釈尊の無常観というのは、とてつもない苦行なのであろう。


               ***
46. この身は泡沫ウタカタのごとくであると知り、かげろうのようなはかない本性のものであると、さとったならば、悪魔の花の矢を断ち切って、死王に見られないところへいくであろう。
47. 花を摘むのに夢中になっている人を、死がさらって行くように、眠っている村を、洪水が押し流して行くように、──
48. 花を摘むのに夢中になっている人が、未だ望みを果たさないうちに、死神がかれを征服する。(中村先生)
               ***
46. この身体を、泡沫“うたかた”の如きものと知って、陽炎“かげろう”の法(性質)あるものと〔常に〕正覚している者は、悪魔の諸々の花の矢(迷いの生存)を断ち切って、死魔の王の見えざるところ(彼岸)に行くであろう。
47. まさしく、まさに、花々を摘んでいる執着の意“おもい”ある人を、死魔は取って行く――眠りについた村を、大激流が〔流し去ってしまう〕ように。
48. まさしく、まさに、花々を摘んでいる執着の意ある人を、まさしく、諸々の欲望〔の対象〕に満足しない者を、死神は〔思いのままに〕支配を為す。(正田師)
               ***


 このような状態に気づかずにいると、47のように、寝ている間に閻魔様の前に座らされることになるのだろう。
 私のような「花々を摘んでいる執着の意ある人」は、48のように、それとは気づかないが、いつも死神の手の平の上に居るのだろう。

 だから、正しい理解をして、日夜努力して、はやく死神の支配から抜け出せ(貪瞋痴の迷妄を打破せよ)と46は諭しているのであろう。

 釈尊の教えを現代生活に生かそうとすると、
  
 ① 完全な原理主義者として出家し、釈尊の教えをそのまま体現するか、
 ② 社会生活はそのまま続け、仕事をし、収入を得、家庭も持ち、しかも、無常観を実践する生き方を工夫するか

 のどちらかになろう。
 ②を実践可能だとする瞑想指導者も居られるので、心強い。

 ただ、それはテーラヴァーダ仏教諸国では可能でも、果たして日本でも可能かどうか実証しなければならない。

 能天気に釈尊の四諦がそのまま現代の日本で通用すると思うほど私は能天気ではないと自負している。

 現代においては、解脱も涅槃も、たった一つの人間の最終目的・目標ではないからだ。
 解脱はともかく涅槃は、釈尊から現代人への贈り物であるが、それは、一つの人間の生き方を示してくれたという意味の贈り物なのだ。
 人間の生き方は限定されていない。
 特定の目標など無い。
 だから、大変なのであり、釈尊は「何かしら善なる」生き方を目標とされたのだ。

 頓珍漢め、何をホザキ居るか、と思わば思え、ドテ南瓜のピーマン脳味噌たちよ。


 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
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『比喩を比喩として読む--第四章 花の章:44・45』



 まともな脳味噌を持っている者なら、釈尊の教え(パーリ経典)を読むと大いに考え込んでしまうだろう。

 深遠な釈尊の教えを理解しにくいからではなく、記述すなわち表現や内容の古めかしさをどう解釈すればいいのか戸惑うからである。

 何しろ釈尊の説法集であるパーリ経典は、バラモン教の聖典の末尾にあたるウパニシャッドの作成中という時代のものなのだそうだから、インドの古典中の古典と言ってもいいのだろう。

 あまりまともでない脳味噌集団は、真理だとか永遠だとかいう修飾語で納得して古典を文字通りに読んでいる感じがする。

 ニュートンは文字通りの天才であったようだが、それでも、気の毒なことに錬金術に嵌まりすぎて鉛中毒だったとされているそうだ。
 もしかしたら、ニュートンはあまりに名誉欲が強すぎたのかもしれない。
 「我輩に不可能なし」なぁんて。

 それにしても、同一人の脳味噌にさえこんな珍事が起こりうる。
 まして、凡俗の脳味噌では。
 
 ようするに、錬金術とニュートン力学を区別できなければ、折角の釈尊の教えも錬金術並みになりかねないのだ。

 第四章まで来た。

 第三章までで釈尊の教えの要諦は説かれている。

 他の経典と同じように、これからは、対機説法・応病与薬すなわち相手に応じた比喩による説き分けと細部の説明である。

 第三章までの説法をほぼ理解できているなら、44・45の偈頌が伝えようとしていることは、

『学びにつとめる人々こそ善く説かれた真理のことばを摘み集めるであろう。』
『巧みな智ある者が、〔真理の〕花を摘み取るであろう』

 であると瞬時に理解出来るであろう。

 そもそも、ダンマパダは、比喩を縦横無尽に駆使して「このフレーズ」を説き示そうとしていると言えそうだ。


               ***
44  だれがこの大地を征服するであろうか? だれが閻魔の世界と神々とともなるこの世界とを征服するであろうか? わざに巧みな人が花を摘むように、善く説かれた真理のことばを摘み集めるのはだれであろうか?
45  学びにつとめる人こそ、この大地を征服し、閻魔の世界と神々とともなるこの世界とを征服するであろう。わざに巧みな人が花を摘むように、学びにつとめる人々こそ善く説かれた真理のことばを摘み集めるであろう。(中村先生)
               ***
44. 誰が、この地を征圧するのだろう――しかして、夜魔(閻魔)の世〔界〕を――天〔界〕を含む、この〔世界〕を。誰が、見事に説示された法(真理)の句を〔摘み取るのだろう〕――巧みな智ある者が、〔真理の〕花を摘み取るであろうように。
45. 学びある者が、〔この〕地を征圧するであろう――しかして、夜魔の世〔界〕を――天〔界〕を含む、この〔世界〕を。学びある者が、見事に説示された法(真理)の句を〔摘み取るであろう〕――巧みな智ある者が、〔真理の〕花を摘み取るであろうように。(正田師)
               ***


 この大地と閻魔の世界と人や神々の世界が同義語なのか、それとも…、などと詮索してもあまり意味が無い。

 中村先生と正田師とでは、表現がちょっと異なり、正田師の訳は同義語だと明示しているように読めるが、中村先生の訳は、この世、あの世、六道(五趣)を表現しているようにも読める。

 どっちにしろ、有情(衆生)が右往左往する世界に変わりは無い。
 私たちが知っているのは、そして、知り得るのは、自己の生存のみなのである。
 言い換えれば、生存そのものが「苦」なのだ、という人類滅亡まで不滅であろう真実の比喩である。
 
 ちなみに、この章の比喩、『花』は、ダンマパダやスッタニパータでは、三種の意味あいがありそうだ。

 苦(輪廻・再死)の象徴、釈尊の教えの象徴、自然環境としての花。


 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
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『心は身体の機能の一部という立場から経典を読む--第三章 心:42・43』


 心とは何か?
 自己とは何か?
 アートマンとは何か?
 神とは何か?

 これらの問いは、はるか昔の人たちの大いなる疑問だった。
 古代インドだけでなく、多くの地域の知性が抱いた疑問だったろう。

 不思議なことに、これらの知性は、どの地域においても、このような疑問の対象を精神的なもの・不思議な力の源泉と考え、眼に見え、感じられる身体と明確に区別し、精神を身体の上位に置いたようだ。

 パーリ経典の記述も、身体を不浄だとしている。
 明晰な意識として実在するかに見える精神の神秘的で高貴な力に比べ、身体は脆く儚いだけではく、鼻汁・よだれ・反吐・痰・耳だれ・汗・大小便・粘液などが漏れ出し実際に汚いと感じられたのだろう。

 渡辺研二訳「DN第22経 大念処経(心の専注の確立)」(春秋社)には、次のような記述がある。

                    *
 修行僧たちよ、このように修行僧は、髪の毛より下、足の裏より上のこの身体は皮膚で覆われており、種々さまざまな不浄物で満たされていると観察する。つまり、『この身体には、髪、毛、爪、歯、皮、肉、筋、骨、骨髄、腎臓、心臓、肝臓、肋膜、脾臓、肺、腸、腸間膜、胃、大便、胆汁、痰、膿、血、汗、脂肪、涙、血清、唾液、鼻汁、関節骨液、小便がある』と。このように、内に[自分自身の]身体について身体を観察し、また、外に[他人の]身体について身体を観察し、あるいは内と外[、自分自身と他人の]身体について身体を観察していくのである。
                    *

 身体にとっては謂れ無き誤解なのだが、現代のような身体の知識が無かった時代のことなので、やむを得ないだろう。

 注意すべきなのは、このような精神と肉体(身体)の区別を前提とした「心(≒精神)」の扱い方であろう。

 精神については、現代においても、多くの人たちが神秘的なナニモノカとみなし続け、身体の機能の一部なのだということを認めたがらない。
 まして、古代インドでは、「心(≒精神)」は、身体とは別個の独立した、立派な実在だったようだ。

 だが、「心(≒精神)」は、身体のように五感で確認できないため、その機能は身体以上に誤解されていたようだ。

 身体という生命体については、現在は、あらゆる物質と同じように、素粒子・原子・分子というような物質から成り立っていること、最初の生命の発生の細部は不明な点もあるようだが、生命体としての身体の機能には神秘的な側面はなく、物理や化学の法則で説明できる活動(反応)を行っているということが分かっている。

 現在は、「心(≒精神)」についても、身体の機能の一つであるという共通理解がほぼ得られたようだが、身体の機能の研究と同じような研究方法が見つかっていないため、不明が点が多い。

 さて、古代インドでは、心(≒精神)を身体とは別個の実在と考えるのが主流だったので、心の訓練によって到達する境地についても神秘的な解釈が当然のように受け入れられていたようだ。

 釈尊の解脱・涅槃を神秘的に解釈する立場である。

 修行法にも、この神秘性がまとわりつく。

 私は、そういう立場を採りたくないので、勝手に自分流の釈尊解釈を続けている次第である。

 つまり、私は、釈尊の教えにもわずかに残っている神秘性を剥ぎ取ってしまおうというのだ。

 仏(ホトケ)になるとか、如来だとか、無余依涅槃だなどという妄想は私には無用だと思っているのだ。

 私は、半可通だが、現代の知見を大いに利用すべきだと思っている。
 心(≒精神)は、身体の機能の一部だという考え方で納得している。
 この考え方で、十分釈尊の説法を読むことが出来るし、理解できると思っているのだ。

 ただし、解脱は適当に考えるし、涅槃にも神秘性を持たせない。
 まして、無余依涅槃などというものは全く無用の長物だと考える。
 神通力は魅力的だが、やはり、現実的ではない。

 テーラガーターやテーリガーターを読むと、釈尊が指導していた修行法は、現在のような複雑なものではなかったような気がするのだ。
 身体の機能をうまく使えば必ず達成できるような修行法だったのだと思っている。

 そのポイントが「気づき(サティ,sati)」なのだと思っている。
 
 こういう確信がなければ、こんなに図々しくダンマパダの読みなんかやっていられない。


               ***
42.  憎む人が憎む人にたいし、怨む人が怨む人にたいして、どのようなことをしようとも、邪ヨコシマなことをめざしている心はそれよりもひどいことをする。
43.  母も父もそのほか親族がしてくれるよりもさらにすぐれたことを、正しく向けられた心がしてくれる。(中村先生)
               ***
42. 敵が敵に、あるいは、また、怨みある者が怨みある者に、為すであろう、〔まさに〕その、〔悪しき〕こと――それよりも、より悪しきことを、誤った〔思い〕に向けられた心は、彼に為すであろう。
43. 母が、父が、あるいは、さらに、また、他の親族たちでも、彼に為さないであろう〔善きこと〕――それよりも、より勝“まさ”ることを、正しい〔思い〕に向けられた心は、彼に為すであろう。(正田師)
               ***


 42・43は、「心」の訓練の必要性の再確認であろう。

 心というものは、正しく訓練しておかなければ、時と場合によっては、これ以上の悪行は無いというような悪行を決意してしまうことがある、と釈尊は言う。

 しかし、正しい訓練を積んでおけば、心は父母の慈愛も及ばないような良い決意をし、良い結果をもたらすのだと強調する。

 43は、中村先生の訳が読み取りやすい。
 正田師の訳も、同じような意味なのだろうが、表現はちょっと入り組んでいる。

 放置しておけば、心は悪い方向に向く危険性がある。
 正しく訓練すれば、正しい方向に向いていく。

 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
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『身体はあてに出来ない--第三章 心:41』



 41は、身体について述べているから、恐らく、40と関連付けられているのであろう。

 ところで、この章は「心」に関する釈尊の言葉を集成しているはずだから、文中の「意識(識別[作用])」が「心」に関連する用語となろう。

 パーリ語では、apetavinnanoとなっており、apeta=absenceだそうだから、まさに中村先生の訳「意識を失い」がぴったりの訳語なのだろうか。

 vinnano(vinnanaヴィンニャーナ)は、パーリ仏典の用語の中でも、重要な用語であり、また、その語義・解釈が分かれている用語であるようだ。

 仏典研究の知識がほとんど無い私には、このヴィンニャーナ(意識・識別作用)という用語を説明する自信は無い。

 ここまでのダンマパダの読みの中で説明していた、心が煩悩による妄想に占拠される状態を意識とか識別作用と読んでおけば良いのではないかと思う。

 中村先生の選集「原始仏教の思想 下」(春秋社)に引用されている、マッジマ・ニカーヤ38「Mahatanhasankhaya-sutta(さ帝経:「さ」は口扁に茶)の一節が参考になろう。

                    *
サーティという弟子が「識別作用(vinnana)が流転し輪廻する」と釈尊の説法を誤解していたので、釈尊が諭した。『わたしは、種々のしかたで識別作用は縁生した(paticcasamuppanna)ものであると説いたではないか。--縁によるのでなければ識別作用の生ずることはないと。・・・。なにものでもその縁によって(paccayam paticca)識別作用が生じてその(縁となったもの)によって名づけられる。眼に縁って色に関して識別作用が生じて眼の識別作用と名づけられる』
                    *
 
 この経典の説明が釈尊の識別作用に関する定見だという保証は無い。
 よく読んで、あとは自分で解釈するほかない。
 
 サーティは、識別作用をアートマンと同義語だと曲解していたらしい。
 釈尊は、実体を持ち出さずに、解脱・涅槃を成就する道を説いていたということをしっかり考えよう。

 また、縁生という用語が出てきたが、この用語も単純に、「心に妄想が生じる仕組み」と読んでおく。
 ごちゃごちゃ細かな定義なんかしたところで、余計混乱するだけで、修行の助けになるどころか、障害となるのがオチだからである。

 例えば、apeta=absenceも危ない語釈であり、テーラヴァーダ仏教の通俗的な説教における輪廻説やキリスト教的な魂の実在を想定させるものだ。

 それにしても、41は、ヴィンニャーナ(意識・識別作用)という用語が挿入されているので読み取りにくい偈頌である。


               ***
41  ああ、この身はまもなく地上によこたわるであろう、──意識を失い、無用の木片のように、投げ棄てられて。(中村先生)
               ***
41. まさに、長からずして、この身体は、地に臥すであろう。義(用途)のない木片のように捨て放たれ、識別〔作用〕(識:認識作用一般、自己と他者を識別する働き)を離れたものとして。(正田師)
               ***

 そこで、私は、エイヤッと奥の手を使い、ごくごく単純に、次のように読んでおこう。

 いずれ身体は機能を停止して(普通の言い方では死んで)倒れたままになって二度と動くことは無い。
 その身体と不可思議な関係にあった意識(識別作用=妄想の発生装置)も機能を停止してしまう。

 それじゃ何がなんだか意味不明、40との関係も不明。
 という野次が飛んでくる気配。

 いえいえ、簡単です。

 41は、40を補強する偈頌なのです。

 ぼやぼやしてると、水瓶のようなこの身体はある日突然バッタリ倒れてそれっきりになるのだよ。
 それでも良いのかね? と問いかけている、と読めば良いではないですか。

 私の読みが正しければ、41番さんは、輪廻再死確定ということでしょう。

 インドでは、つい最近まで、ガンジス川の西岸ベナレス(西岸はバラモン教=ヒンドゥー教の領域、東岸は非バラモンの領域なんだそうな)では、お亡くなりになった方の火葬が行われていて、金持ちのは薪をたくさん使って完全に焼却、貧乏人のは薪が少ないので半焼き、火葬後の灰や骨、半焼きご遺体はそのまま聖なるガンジス川に流していたのだそうです。
 ごく最近の事情は不明です。

 恐らく、その下流では、ヒンドゥー教徒の皆さんが、聖なるガンジスの流れに頭まで浸かって沐浴しています。

 また、インド人はお墓を作らない、と聞いています。
 身体はガンジスに流してお任せしたのだし、なんだか分からないが、残りは解脱していなければ、輪廻再生の原則に従って、どこかで何かに生まれ変わっているはずで、お墓を作る理由が無いのだそうです。

 テーラヴァーダ仏教諸国はというと、少なくともタイの農村では、近年お墓らしきものを作っているそうです。
 日本のように全国的なのかどうかは不明。

イメージ 1

イメージ 2

上:インド・クシナガラ「涅槃堂と般涅槃の釈尊像」
  http://www.youtube.com/watch?v=f1tJw_bNJ7Q
下:山中 学さんの写真 「無空茫々然」「浄土」「童子」「羯諦」「不浄観」「阿羅漢」インデックスより
 http://www.ask.ne.jp/~yamanaka/index-j.html


 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
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『身体ではなく心を鍛える--第三章 心:40』
 


 私は、釈尊の研究(という程でもないがともかく勉強)を、スッタニパータを中心に進めてきた。

 無論、中村先生が、スッタニパータは釈尊の説法の原型を最も良く保存しているとされているのを読んだ結果である。

 だから、中村先生がパーリ語から直接翻訳された「ブッダの真理のことば・感興のことば」(岩波文庫ワイド版)も早くから手元に置いていたが、今回ほど真剣に読んだことはなかった。

 今回は、じっくりという程ではないが、それでも、今までのような斜め読み、パラパラ読みと比べれば、何度も読み返しながら、そして、考えながら読んでいる。

 今日の偈頌、第三章心の40のように、釈尊の教えを凝縮したような、釈尊の修行法のまとめのような記述がこれまでにも幾つかあった。

 先に紹介したように、「ブッダの真理のことば・感興のことば」(岩波文庫)のあとがきの中で、中村先生は、「ダンマパダの諸詩句(偈頌)は主として出家修行僧のために説かれたものである」と書かれている。

 一見、一般人(在家信者や他の宗教の信者など世俗の人たち)向けに説かれたのかなぁと思える偈頌もあるが、注意深く読むと、やはり、解脱・涅槃を目指す修行法を説くものである場合が多かった。

 この書庫(シリーズ)の表題にしたように、私は、ダンマパダの偈頌の読解によって、釈尊の生き方、解脱・涅槃の境地を楽しむ生き方を示そうとした。

 それは、普通の人が普通にやっているような生き方を拒否した、およそ、普通の人には耐えられないような生き方である。

 あらゆる欲望を断(た)って、文字通りの無所有となり、一切の煩悩に煩わされない、静かな安らぎ(死の安らぎではない)を楽しむ生き方である。

 日本でもテーラヴァーダ仏教諸国でも、お寺には立派な相貌を備えたふくよかなお体の仏像というものが、華麗な飾りつけとともに高い壇上にまつられている。

 でっかくて壮麗な寺院建築も健康そうで立派に見える仏像も、実は、釈尊の教えを象徴するものではなく、理想と想像力が現実から離れられない一般人(この中には社会的な地位が高い人も入る)受けるするシンボル(悪く言えばガラクタ)に過ぎない。

 見かけがどうのこうのという記述が現れたら、ははん、この部分は一般人向けだなと思えば良い。

 立派な仏像と釈尊を重ね合わせて見るのは、理解を誤る危険性が大きいと思う。
 インド・クシナガラにある般涅槃の釈尊像のお顔はお若すぎるし、ふくよか過ぎる。
 食あたりで、激しい下痢が続いており、80歳というご高齢であれば、皺も多く、げっそりとやせ衰えていたはずであろう。
 この像を作らせた寄進者も彫刻師もなにより信者や観光客が、このような般涅槃時の釈尊を拝みたいのであろう。
 しかし、このようなお姿を求める者には、釈尊の生き方はとても耐え難いものだろう。

 40を読もう。

 
               ***
40. 〔脆く儚い〕水瓶“みずがめ”の如きこの身体“からだ”を〔あるがままに〕知って――〔騒がしく雑然とした〕城市の如きこの心を〔外壁堅固に〕据え置いて――知慧の武器をもって、悪魔を討つがよい。しかして、勝ち得たものを守るように。〔かつまた、戦果に〕固着なき者として存するように。(正田師)
               ***
40  この身体は水瓶のように脆モロイいものだと知って、この心を城廓のように(堅固に)安立して、知慧の武器をもって、悪魔と戦え。克ち得たものを守れ。──しかもそれに執著することなく。(中村先生)
               ***


 最近ネット上にあったビデオで、はじめて出産の瞬間を見た。
 動物の出産と全く同じで、お母さんの性器(産道の出口)を押し広げてびっくりするほど大きな赤ちゃんの頭がゆっくりと出てくる。
 産科のお医者さんや看護婦さんが手を添えて、出てくる赤ちゃんを支えたり時には引っぱったりして出産を手伝う。
 太い臍の緒が身体に巻き付いて一緒に出てくる。

 なるほど、生まれるということも大変なことなんだと実感した。

 無事生まれても、行く手には、病・老・死などがてぐすね引いて待ち構えている。

 まさに、「この身体は水瓶のように脆モロイい」ものなのだろう。
 当時の水瓶は、土製であったろうから、落としても、何がが当たっても、すぐ壊れてしまったことだろう。

 一方の、身体と対比される心も危うい面を持っている。

 第三章は、この心の問題点をずばり指摘している。

 「33.心は、動揺し、ざわめき、護り難く、制し難い。」
 「35.心は、捉トラえ難く、軽々とざわめき、欲するがままにおもむく。」
 「36.心は、極めて見難く、極めて微妙であり、欲するがままにおもむく。」
 極めつけは、
 「42.憎む人が憎む人にたいし、怨む人が怨む人にたいして、どのようなことをしようとも、邪ヨコシマなことをめざしている心はそれよりもひどいことをする。」

 正田師が40の補訳をしている通りなのである。
 「〔騒がしく雑然とした〕城市の如きこの心」
 騒然とした市場のざわめきを想像した。

 だから、「この心を城廓のように(堅固に)安立」する必要があるのだろう。

 釈尊は、身体と心をはっきりと区別して考えていたと思われる。

 身体は、古代インドの、特に赤子や幼児の命は正に水瓶の如き脆く儚いものであったろう。
 無事成人して、例えば苦行のようなやり方で身体を訓練しても、釈尊の体験では、得られるものは少なかったらしい。
 しかも、身体は、いつ水瓶のように壊れるかもしれない脆いものなのである。

 一方放蕩児のような心もそのままでは統御(コントロール)すらままならない厄介な代物である。

 しかし、釈尊は体験的に、この心を訓練する以外に、解脱・涅槃を体得する道はないと確信していたのだろう。

 その訓練修行では、身体というものの本当の姿を実際に体験的に知り、理解して、身体と結びついた喜び(欲望)を捨て去り、身体(の快楽)に嫌悪感すら抱くようにと説いている。

 一般的に不浄観と呼ばれる、死体の観察を通して身体に対する愛着を断ち切る訓練がある。
 不浄観という漢字を確認するためにネット検索をしたら、たまたま、山中 学さんという方の写真集を見つけた。
 
 外観の観察を行えば、いつか必ず、山中さんの写真、「羯諦」「不浄観」と同じことになる。
 
 あるいは、瞑想によって、自分の身体を内部から観察する。
 鏡で見るような自分の美しい体は見つからないだろう。

 心の訓練は、

 「8.不浄の随観者として〔世に〕住し(不浄のものを「美しくなく価値がない」と見つつ)」、「諸々の〔感官の〕機能において〔自己を〕善く統御し」、「さらには、食について量を知り」、「信あり精進に励」み、

 さらに、

 「24.奮起あり、気づき(念)あり、清らかな行為(業)あり、〔物事を〕真剣に為し、自制し、法(教え)によって生き、〔気づきを〕怠らない」

 という訓練修行を続ければ、自ずから生じてくる智慧を得る。

 この智慧を武器にして、悪魔の武器・貪瞋痴を打ち破れというのである。

 悪魔を打ち破ったらどうなるのか?
 解脱・涅槃が手の届くところにある、ということであろう。

 だが、このあたりに達した時に、折角の努力を水泡に帰しかねない障害物に出会うらしい。

 到達した境地の心地よさ・達成感などであろう。
 テーラヴァーダ仏教の瞑想指導者のテキストには、このような陥りやすい誘惑があると記述されている。
 
 「克ち得たものを守れ。──しかもそれに執著することなく。」
 という警告は、そのような境地に達したことのない私には想像すら難しい。

 釈尊によれば、執着するということは、煩悩にとらわれていることを意味するようだ。

 解脱・涅槃に達すれば自ずから分かるそうなので、その境地に到るまでは、油断せずに、ひたすら気づきを怠らず訓練を続けよ、ということなのであろう。
 
 40の偈頌が、解脱・涅槃を達成した状態を説明しているのか、それとも、達成直前の状態を説明しているのか断定し難いが、私は、第二章怠らないこと32と同じ状態、すなわち、達成直前の状態を説明しているのだと思う。

 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
   http://tipitaka.cocolog-nifty.com/blog/


『善悪と心の関係を知ることが肝要--第三章 心:38・39』




 傲岸不遜というより、浅学無知な私ことavaroの主張である、『本気で釈尊を理解したいと決心して、パーリ仏典や漢訳阿含経を読み解こうと思うならば、なによりもまず解脱・涅槃に関する釈尊の説法(説明)を理解しなければならない』が、この39の偈頌に当てはまる。

 38を一緒に引用したのは、38と39は対になる偈頌として編集されたと思うからである。

 「冒頭のお前の主張は、鶏と卵の譬えに当てはまり、お前の言うようには巧くいかない」と誰も思うであろうが、どっちが鶏で卵かは分からないが、私の主張を無視したのでは、釈尊の正しい理解は不可能であろう。

 学者だろうと、学僧だろうと誰でもかまわないから、仏典研究者の注解・解釈を参考にしながら、とにかく釈尊の説法(経典の経文)を読んで、釈尊が教え導こうとしたことがどういうことなのかを読み取ることである。

 そうすれば、釈尊は説法(経典の経文)の中で、はっきりと修行の目標を述べているのが分かるだろう。

 悟り、すなわち、解脱・涅槃である。

 釈尊が解脱・涅槃を説いたということが分かっていて、おおよそ、それがどういうことなのか、どういうものなのかを理解していれば、39の偈頌の矛盾は簡単に読み解くことが出来る。

 39の偈頌の矛盾とは何か?


               ***
38. 心が確立されていない者に、正なる法(真理)を識知しない者に、〔心の〕清らかさ(浄信)が揺らぐ者に、知慧は円満成就しない。
39. 心から〔煩悩が〕漏れ出ない者に、心に混乱なき者に、〔規範化した〕善悪を捨棄した者に、〔眠らずに〕起きている者(惰眠を貪らない者)に、恐怖は存在しない。(正田師)
               ***
38  心が安住することなく、正しい真理を知らず、信念が汚されたならば、さとりの智慧は全からず。
39  心が煩悩に汚されることなく、おもいが乱れることなく、善悪のはからいを捨てて、目ざめている人には、何も恐れることが無い。(中村先生)
               ***


 第一章の15・16を読んだ時に、有名な第十四章ブッダ、183の偈頌(「七仏通誡偈」)にふれた。
 引用してみよう。


            *
183. 一切の悪を為さないこと、善を成就すること、自らの心を遍く清めること――これは、覚者たちの教えである。(正田師)
            *
183   すべて悪しきことをなさず、善いことを行ない、自己の心を浄めること、──これが諸の仏の教えである。(中村先生)
            *
諸悪莫作 諸(衆)善奉行 自浄其意 是諸仏教
            *


 矛盾というのは、15・16の偈頌や183(「七仏通誡偈」)の記述と39の記述の不整合である。
 39では、「善悪を捨棄した(善悪のはからいを捨てて)」、すなわち、善悪という考えに捉われるな、と説いているようにも読めることである。

 この矛盾したような記述をどのように読めば良いのだろうか?

 15・16も183も、はたまた67~71などでも、「諸悪莫作 諸(衆)善奉行」が説かれているが、これらの偈頌を読む時に、概念や基準のあいまいな、善・悪に目を向けて読むのは適当ではない。

 釈尊は、「諸悪莫作 諸(衆)善奉行」という倫理観を説いた方ではないからだ。

 「諸悪莫作 諸(衆)善奉行」は、修行法の一つであり、釈尊が勧めた修行の最終目標である、解脱・涅槃を成就するための方法なのである。

 解脱・涅槃はどのように達成されるのか、何がポイントなのか?

 それは、183で説かれている、「自浄其意(自らの心を遍く清めること、自己の心を浄めること)」なのである。

 67・68は、善・悪という行為について解説している。


               *
67. それを為して苦しむなら、為したその行為(業)は、善きものではない――その〔行為〕の報いを、泣き叫びながら、涙顔で受けるなら。(正田師)
               *
67   もしも或る行為をしたのちに、それを後悔して、顔に涙を流して泣きながら、その報ムクイいを受けるならば、その行為をしたことは善くない。(中村先生)
               *


 お気づきだろうか、67・68における善・悪の基準は対社会的なものではなく、対自己の心の問題だと言っているのだ。

 悪(行)を為すなと、警告しているのは、悪(行)は心を汚し、解脱・涅槃から遠ざかってしまうからであり、そもそも悪(行)は、無知(痴)が原因で、心に生じてしまう欲望(貪)と嫌悪(瞋)から始まるのであり、悪(行)を続けてしまうということは、輪廻・再死の根本原因である、貪瞋痴を放置し、心を貪瞋痴の暴虐に委ねることなのだという訳である。

 ここまで説明すると、38・39の偈頌と、15・16や183あるいは67~71などの偈頌が決して矛盾していないということが分かるであろう。

 「39 心が煩悩に汚されることなく、おもいが乱れることなく、善悪のはからいを捨てて」
 「39 心から〔煩悩が〕漏れ出ない者に、心に混乱なき者に、〔規範化した〕善悪を捨棄した者に」

 39を読む時には、『心が煩悩に汚されることなく、おもいが乱れることなく(心から〔煩悩が〕漏れ出ない者に、心に混乱なき者に)」という部分が重要なのだ。

 煩悩は、貪瞋痴が放置された心の状態であり、その煩悩を静め、心に貪瞋痴の奔流が生じなくなった状態が、この記述のような状態なのである。

 善悪の行為は、貪瞋痴が心を占拠し、煩悩の奔流が生じている状態から発生するのであるから、心の訓練によって煩悩を静めれば、最早、善悪(行)に細かく気を配る必要もなくなっている。

 正田師が( )書きで、「(規範化した)善悪」と訳しておられるのは、理解の助けになると思う。

 心の訓練とは、定められた善悪の項目を行うことで充足するのではなく、善悪(行)の根源である煩悩の発生源(貪瞋痴)を静めることなのである。

 ダンマパダ第一章の1に、

『ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。(中村先生)』
『諸々の法(事象)は、意“こころ”を先行“さきゆき”とし、意を最勝〔の因〕とし、意をもとに作られる。(正田師)』

 と、記述されている通りなのである。

 また、ダンマパダ第二章の32に、

『怠らないことに喜びある比丘は、あるいは、怠ることに恐怖を見る者であり、〔境涯の〕衰退は有りえず、まさしく、涅槃の現前にある。(正田師)』
『いそしむことを楽しみ、放逸におそれをいだく修行僧は、堕落するはずはなく、すでにニルヴァーナの近くにいる。(中村先生)』

 と、記述されている通りなのである。
 「怠らない(いそしむ)」とは、正田師の訳にあるように、気づきを怠らず、心の訓練に励むことなのである。

 そうすれば、自ずと、涅槃に達する、とダンマパダの偈頌が述べている。

 私avaroは、涅槃を体験していないので、このように、経典に頼り、経典の引用を多用することになってしまう。


 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
   http://tipitaka.cocolog-nifty.com/blog/



『心という用語は柔軟に解釈すべき--第三章 心:35~37』


 前回確認したように、釈尊は、哲学者ではなかった。

 だから、当時の古代インドで考えられていたような、「心は永遠不滅・恒常不変の実体であるアートマンと深い関連がある」という宗教的な神秘主義(お呪いや祈りの効果を信じること)や、哲学的な論理を追求しなかったと思っている。

 生・病・老・死の不条理、それを当時は輪廻や再死という思想で説明していたが、その不条理から脱却する道(方法)だけを追求した。

 スキーに譬えれば(スポーツの中ではこれが一番得意なので)、実際に雪の斜面を気持ちよく滑れるようになり、軽やかにターン出来るようになる訓練だけを続けた、ということになる。

 もしも、一度もスキー板を履くことなく、雪の斜面を滑ることもせずに、暖房の効いた都会の部屋の中で「スキー上達の理論」や「雪の斜面を軽快に滑る術」とか「春スキーの楽しみと身心への効果」なんて本を読んでいるだけだったら、スキーなんて諦めたほうが良いでしょう。

 本なんか一冊も読まず、いきなり、ゲレンデでスキー学校の先生の指導を受ける人は、その日のうちに、ボーゲンで滑走できるようになる。
 格好は良くないが、とにかく雪の斜面を滑れた爽快感は例えようもない。
 先生は、上手な転び方も教えてくれるから、傾斜のある斜面への恐怖心や勝手に滑ってしまうスキーの怖さも薄らぐ。

 スキー学校の先生は、決して滑走理論だとか、スキーの精神身体効果など長々と講釈しない。
 何故かかと言うと、生徒さんは、とにかくはやく滑ってみたいのだ。
 長々と講釈ばかりしていたら、他のスキー学校に鞍替えされてしまい失職してしまうからだ。

 それに先生は、釈尊と同じように、スキーの極意を会得している。
 (マイクロソフトのホームページにある)コンピュータソフトのマニュアルのような、小難しい説明をする必要がない。
 自分の体験をもとに、コツやポイントを分かりやすく手短に説明でき、実際に、模範演技をして見せられる。

 釈尊が、「心」を論理や神秘主義ではなく、体験的に捉え、実践的に追求しようとしていたということは確かなことだと思うのだが、特に自然科学の知識が釈尊当時と雲泥の差となった現代、どうしても納得できない疑問がある。

 それは「解脱」に関する疑問である。


               ***
35  心は、捉トラえ難く、軽々とざわめき、欲するがままにおもむく。その心をおさめることは善いことである。心をおさめたならば、安楽をもたらす。
36  心は、極めて見難く、極めて微妙であり、欲するがままにおもむく。英知ある人は心を守れかし。心を守ったならば、安楽をもたらす。
37  心は遠くに行き、独り動き、形体なく、胸の奥の洞窟にひそんでいる。この心を制する人々は、死の束縛からのがれるであろう。(中村先生)
               ***
35. 〔心は〕制御し難く、軽やかで、〔自らの〕欲する所へと落ちて行く。心を調御することは、善きことである。調御された心は、安楽をもたらす。
36. 〔心は〕極めて見難く、極めて精緻で、〔自らの〕欲する所へと落ちて行く。思慮ある者は、心を守るもの。守られた心は、安楽をもたらす。
37. 〔心は〕遠くへと行き、独り歩み、肉体なく、〔胸の〕洞窟(心臓)に臥している。彼ら、心を自制する者たち――〔彼らは〕悪魔の結縛から解脱するであろう。(正田師)
               ***


 37の偈頌には、次のような記述がある。

『この心を制する人々は、死の束縛からのがれるであろう。』
『彼ら、心を自制する者たち――〔彼らは〕悪魔の結縛から解脱するであろう。』

 前回も書いたように、解脱・涅槃はまさに「心」の訓練にかかっているというのが釈尊の教えだと言えそうだ。
 
 しかし、その前の経文がちょっと問題を孕んでいる。

『心は遠くに行き、独り動き、形体なく、胸の奥の洞窟にひそんでいる。』
『〔心は〕遠くへと行き、独り歩み、肉体なく、〔胸の〕洞窟(心臓)に臥している。』

 これが説法師の講釈や学僧の注釈であるなら無視しても良いのだろうが、これを釈尊の言葉だと仮定すると、釈尊は悟り体験の最中に、実際にこのように体験したと読まざるを得ない。

 釈尊が「心」という実体を観たと言いたいのではなく、「心」の諸相を体験的にこのように知ったという意味である。

 だが、この釈尊の説明には、どうしても時代の制約を感じるし、釈尊の教え(経文)を鵜呑みにしては、折角の釈尊の体験的な教えを学ぶ意義がなくなると思うのだ。

 「心」を「精神」とか「意識」とかの同義語として考えると、「身体」と「心」は分離不可能な現象となるはずだから、37のような解脱論は納得しがたくなるのだ。 

 身心を分離不可能な現象と考えても、涅槃は理解できそうだと思っている。
 例えば、35と36は、(解脱と切り離して)涅槃だけについて説明していると読むことも可能だと思うのだ。
 「心」は、生・病・老・死というような妄想を抱くものなのだという理解の仕方である。
 その境地に達すれば、もはや、輪廻も再死も解脱も不死も問題ではなくなっているのではないかと思う。
 37をパスしても釈尊の教えを理解することは可能だし、修行も可能だと思える。

 そこで、思いついたのが、以前に書いた、「対機説法・応病与薬」という考え方である。

 涅槃を説明するには、どうしても比喩に頼らざるを得ない。

 そこで、さまざまな譬え話をした。

 輪廻や解脱、再死や不死というのも、そういう比喩だったのではないだろうか、ということである。

 輪廻や再死を恐れている人々を「憂悶」や「苦しみ」から開放するには、「解脱」という目標を説くのは効果的であろう。

 「解脱」を目標として修行者は努力する。

 結果的には「涅槃」を達成する。

 そして、「涅槃」の境地に到れば、解脱も達成されていることが自ずと分かる。

 現代人も「生」と「死」という現実を解消出来てはいない。

 私も、そう遠くない日に、その時が来るだろう。

 このような現実を自覚する時、釈尊が「涅槃」を目指す修行法を説いてくださったことが私たちを支え拠り所を与えてくれると信じている。

 
 とあれ、釈尊が悟り体験後も解脱の必要性を確信していたかどうか、大変微妙な問題だろう。




 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
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『解脱・涅槃は「心」次第--第三章 心:33・34』


 勝手な想像だが、ダンマパダの編集者は、釈尊の教えすなわち解脱・涅槃を目指す修行の成否は、『心』の訓練次第だと考えていたのかなと思える。

 何より、第一章の1・2というこの経典の冒頭に、次のような偈頌を配置したのだから。

                    *
1 ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人につき従う。──車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように。
2 ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも清らかな心で話したり行ったりするならば、福楽はその人につき従う。──影がそのからだから離れないように。(中村先生)
                    *
1. 諸々の法(事象)は、意“こころ”を先行“さきゆき”とし、意を最勝〔の因〕とし、意をもとに作られる。もし、汚れた意で、あるいは、語り、あるいは、為すなら、そののち、彼に、苦しみが従い行く――〔荷を〕運ぶ〔牛〕の足跡に、車輪が〔付き従う〕ように。
2. 諸々の法(事象)は、意“こころ”を先行“さきゆき”とし、意を最勝〔の因〕とし、意をもとに作られる。もし、清らかな意で、あるいは、語り、あるいは、為すなら、そののち、彼に、楽しみが従い行く――影が離れないように。(正田師)
                    *

 「心」という概念は、明確な定義があるようで実は相当にあいまいな概念なのだ。

 試しに、ダンマパダのテキストに検索をかけてみると、「心」と「自己」とがほぼ同義語として用いられているのが分かる。

 しかし、「自己」という概念も厳密な定義を確認できない。

 ちょうど、部派仏教や大乗仏教が真理だとして教義の根拠のようにしている「無我(永遠不滅の実体としてのアートマンというものは無い)」の概念のようなものである。

 1・2の車輪と影の比喩は、愚者と賢者の違いを旨く表現している。

 愚者の心(自己)は、どこに行き着くのか分からない、牛(或いは牛飼い=悪魔)が行くところについてゆくだけである。苦しみとはそのようなものである。
 一方の賢者は、心を訓練し統御できているから、訓練の果報(影)が自己の後に自ずとついてくる。

 最も、愚者(車輪)を引いている牛の飼い主が仏様ならこれはもう何も言うことはない。
 
 だが、ダンマパダもスッタニパータもその他のパーリ経典も、そのような「仏様」については言及していないはずだ。

 「心」とか「自己」というのは、いくら厳密な定義をしようとしても、いまだに、その正体が明らかになっていないのだから、まして、釈尊当時の古代インドでは、思想家や宗教家にはいくら考えても調べても厳密な理解は不可能だったに違いない。

 釈尊も、敢えて、この難問に手をつけようとはしなかったらしい。

 また、釈尊がネーランジャラー河畔の菩提樹下で悟りを開いてからは、「心」「自己」「アートマン(自己の本体・実体)」などについて厳密な定義を行ってくどくど説明する「必要性」「必然性」が無いと思われたのかもしれない。

 輪廻を解脱し、涅槃の安楽・安らぎを得るためには、自分の「心」、自分そのものである「自己」を訓練することこそが決定的に重要なことなのだと分かっていれば良いようである。

 ダンマパダ第三章が、「心」に関する釈尊の教えを集成したものであるのは重要な意味があるはずだ。
 ただし、この章の偈頌(詩句)の配列は系統性や順序というものが感じられないので、一度この章全体を読んでから、もう一度全体を展望するのが良いと思う。

 「心」を訓練し統御出来れば輪廻を解脱出来、「不死」となれる、そんな阿呆なこと誰が信じられるか、と疑義をもたれるかもしれないが、釈尊も生まれつき「老」「病」「死」の恐ろしさ・おぞましさを知っていたのでないと思われる伝承があるのだし(四門遊出)、赤ちゃんは怖いもの知らずで、毒蛇だろうと烈火の炎だろうと平気で掴んでしまうことを思えば良いでしょう。

 つまり、特に赤ちゃんには、毒も死も存在しない、だから、全く怖くないのである。

 むしろ、問題は現代人が物質の実在を信じるような、そういう実在としての「自己」が有るか無いかであって、自己の実体があると信じれば、解脱・涅槃は不可能となるでしょう。


               ***
33. 震えおののき、動揺し、守り難く、防護し難い心を、思慮ある者は、真っすぐに作り為す――矢作りが、矢を〔真っすぐにする〕ように。
34. 水のなかの避難所から引き出され、陸のうえに投げ出された魚のように、この心は、悪魔の領域を捨棄しようにも、震えおののく〔だけのこと〕。(正田師)
               ***
33  心は、動揺し、ざわめき、護り難く、制し難い。英知ある人はこれを直ナオくする。──弓矢職人が矢柄を直くするように。
34  水の中の住居スミカから引き出されて陵の上になげすてられた魚のように、この心は、悪魔の支配から逃れようとしてもがきまわる。(中村先生)
               ***


 この比喩は、古代インド人の大半の人にとっては、恐らく、非常に分かり易いものだったのでしょう。

 しかし、ほんものの矢(あるいは、弓矢)を見たことも使ったこともない現代人にはあまり適当な比喩ではない。

 一応私は日本式の弓道をかじったことがあるので、この比喩を読むことが出来るかなと思う。

 矢作り職人が矢の柄(棒)の部分を真っ直ぐにするのは、ようするに矢が真っ直ぐ的に向かって飛んでゆくようにするためである。
 真っ直ぐでない(曲がった)矢を弓に番えても(セットしても)、的を狙えない。
 つまり、駄目な矢であるということ。

 的(マト)とは、勿論、修行の目標、解脱・輪廻(*訂正:「輪廻」は誤り。正しくは、「涅槃」)である。

 正確に的を射ようとするなら、矢つまり心を整える必要があると言いたいのだろう。

               *

 次の魚の住みか(避難所)と陸の比喩は、大層意味深である。

 矢の譬えに当てはめれば、魚の本来の住みかは真っ直ぐな矢で、引っ張り出され放り出された陸が曲がった矢であえるとも読める。
 これを極限まで敷衍したのが「自性清浄心」となるのかな。

 だが、そんな捻じ曲がった読み方をせずに、私たち俗人(の心)というものは、ちょうど、陸に投げ出された魚のような状態にあるのだ、と読んでみよう。

 鰓(エラ)呼吸で生きる魚は、陸に放置されたら死ぬほかない。

 つまり、普通の人(俗人・愚者)が、自分の置かれた状況に気づかずにいるなら、いくらじたばたあがいても(普通は気づかないのだから、あがきもしない)、陸は死神の縄張りなのだから、死神がその時だと思えば、いつでも引き立てられて行ってしまう(死ぬ・再死の繰り返しに戻る)のだ、ということでしょう。

 矢とか陸とかの比喩でもって、聴衆にあなた方の「心」とは、このように危うい状態にあるのだよと説いているのでしょう。

 『心は、動揺し、ざわめき、護り難く、制し難い。』

 釈尊は、「心」には、こういう問題がある、この状態を放置することが輪廻・再死の原因であると説く。
 同時に、ご自分が体得された修行法によって、解脱・涅槃が可能であり、輪廻・再死を脱する道があることも説く。


 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
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『私が如何に俗人かを教えてくれる言葉--第二章 怠らないこと:31・32』


 中村先生が、岩波文庫「ブッダの真理のことば・感興のことば」のあとがきで、

『「ダンマパダ」の諸詩句は主として出家修行僧のために説かれたものである。』

 と述べられている。

 書物やテキストは、どのように読もうとも、それは読む人次第である、という考え方を知ったのは、ほんの少し前のことだった。

 今は、私もその通りだと思っている。

 だから、ダンマパダをどのように読み、どのように解釈しようとも、それは読み手の自由なのである。

 だが、この経典(テキスト、書物)を、釈尊の説法を集成したものだと認識し、この経典から釈尊の教えを読み取ろうとするなら、常に、釈尊は何を人々に説いたのかということを念頭に置いて読む必要がある。

 第二章のテーマは、「(釈尊が勧めた解脱・涅槃への道において)怠ることなく修行に専念せよ」ということだと、ここまでの記事で確認した。

 31・32の偈頌(詩句)を、第二章の最後に配置したダンマパダの編集者は、この経文の中のどの言葉を心に留めて欲しいと思っていたのであろうか?


               ***
31   いそしむことを楽しみ放逸におそれをいだく修行僧は、微細なものでも粗大なものでもすべて心のわずらいを、焼きつくしながら歩む。──燃える火のように。
32   いそしむことを楽しみ、放逸におそれをいだく修行僧は、堕落するはずはなく、すでにニルヴァーナの近くにいる。(中村先生)
               ***
31. 怠らないことに喜びある比丘(行乞者)は、あるいは、怠ることに恐怖を見る者であり、〔心を〕束縛するものを、微細であれ、粗大であれ、〔燃え盛る〕火のように、焼き尽くしながら行く。
32. 怠らないことに喜びある比丘は、あるいは、怠ることに恐怖を見る者であり、〔境涯の〕衰退は有りえず、まさしく、涅槃の現前にある。(正田師)
               ***


 それは、「楽しむ(喜びある)」と「おそれをいだく(恐怖を見る)」の2語でしょう。

 ほとんど意味の無い比較であるが、私自身と比べてみれば、この2語のとてつもない重さが、私にはよく分かる。
 ただし、その理解はまだまだ観念的な段階止まりであるが。

 私の現在の生き方を正直に言えば、極く普通の世間的・世俗的な生活、貪瞋痴に振り回される生活、不浄なものを美しいものと思ってしまう生活を続けている。

 だから、一番熱中できること、一日中やっていても飽きない、夢中になってやれることというのは、残念ながら、気づき(念)の訓練修行ではない。
 面白い映画なら、何時間でも見る。
 面白い本なら、何時間でも読む。

 だが、気づき(念)の瞑想の訓練・修行は、せいぜい1時間前後である。

 ブログの記事を書くのなら、半日でも1日でも続けられる。
 楽しいのだろうと思う。
 辛いとか、苦痛だというのなら、こんなに熱心に記事作成をやらないだろうから。

 私には、まだ、釈尊の教えを本気で実践しようという燃えるような渇望がないのである。

 朝目が覚めてから、夜寝るまで、気づき(念)の訓練が楽しくて楽しくてしようがない。
 こんな風になったら、確かに、訓練の成果は加速的に向上するでしょう。

 若い時に良く軽い山登りをした。
 私は心肺機能にやや欠陥があるらしく、登山道を登り始めると直ぐに、とにかく、呼吸が苦しくなった。
 それでもその苦しさも楽しみのようにしてひたすら頂上を目指した。
 あの山、この山と、新しい山を見つけてはぜいぜい言いながら登り続けた。

 息が苦しくても、足が痛くなっても、また、次の日曜日になると山に出かけていた。

 私が山好きになったように、気づき(念)の訓練が生きがいになる日が来るだろうか?

                    *

 「おそれをいだく(恐怖を見る)」という言葉を始めて経典で見た時、こういう表現をするほど潔癖になるというのは物凄いことだと思ったものだ。

 人のことを引き合いに出しては悪いが、あんまり酷いので言わせてもらう。

 つい先日、国会で福島原発事故の調査のための聴取が行われたようだ。
 私はその中継を見なかったのだが、ブログや掲示板の記事によれば、東電の××××会長は、最後まで自分の責任について、実に無責任な証言に徹したようだ。

 この方は、私なんかよりずっと低い次元の世界に生きていて、「おそれをいだく(恐怖を見る)」ような信念・信条・倫理観などというものは持ち合わせて無いのであろうと改めてがっかりした。
 いや、恐らく「おそれをいだく(恐怖を見る)」対象はあるのだろう。
 ただ、それが自分たちの利権の喪失だというだけなのだろう。
 こんな方が日本の指導者の一人だというのは、本当に恐ろしいことだ。

 この偈頌、「放逸におそれをいだく修行僧(怠ることに恐怖を見る者)」には、私の甘い考えを冷たく突き放すような本当の厳しさが感じ取れる。

 第一章に「粗雑に葺いてある屋根」の雨漏りの例えがあった。
 私の家は35年以上たっているため、平屋根(陸屋根)のシートが劣化してあっちが破けて修理すると、今度はこっちが破けて、修理を怠っていると雨の日に「あれ、何だこれ雨漏りかな」という始末となる。

 雨漏りはほんの小さな穴からもこっそりと雨水がしみ込んで来て梁を伝い、いつの間にか天井板にシミを作り、ついには、ポツンポツンと雨だれが始まってしまう。
 お金が無いので、モグラ叩きのような修理を続けるしかない。

 悪魔の手先、「貪瞋痴」は、このホンの小さな「穴」を見逃さずこっそりと心に忍び込み、気づいた時にはもう制御不可能な激流になってしまうのだろう。

 だから、「(気づきを)怠ること」に、恐怖感を持つほどの張り詰めた状態が必要なのだろう。

 書いていて、「ああ、俺はまだ全く分かっていないなぁ」と感じる。

 とにかく、31・32の「楽しむ(喜びある)」と「おそれをいだく(恐怖を見る)」というのは、私にとってはまだまったく他人事である。

 私の今現在の生き方とはひどく隔たりがあるのだ。



☆追記:
 
 この記事をアップした後、例によって反芻していて、31・32の読みはもっとシンプルで良いのかなと思った。

 修行者が怠らないこと(勤しむこと)とは、解脱・涅槃を真摯に目指して努力することである。

 もしも、修行(気づきの訓練)を怠れば、不死の境地は得られず、涅槃も達成できないのだから、再び、「再死」の恐怖に直面しなければならなくなる。

 人の命は儚(ハカナ)いのだから、私のようにその内何とかなるさ、なんていう考えでは、道半ばでイキナリ死神に引き立てられかねない。

 これは、出家し、解脱・涅槃を目指している修行僧にとってはまさに恐怖・恐れおののきであったろう。

 一方、気づき(念)の訓練修行を怠らず熱心に励めば励むほど、駿馬のように早く解脱・涅槃に到達できる。
 訓練修行に熱が入り、楽しくなるのは当然であろう。
 一番欲しいものが手の届くところにあるのだから。

 怠らず熱心に励んでなにをするのかといえば、言わずと知れた、「〔心を〕束縛するもの(心のわずらい)=煩悩の種」が心に忍び込んでくるのを逃さず「気づき」、煩悩の奔流とならぬようにすることであろう。、

 あらゆる煩悩の種を燃やし尽くして、心を清浄に保つ。

 これが解脱・涅槃であると思う。

 このように励んでいる修行僧は、確かに、涅槃の現前(近)に居るであろう。

 というような読み方のほうがシンプルで良いのかなぁと思った次第です。
  


 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
   http://tipitaka.cocolog-nifty.com/blog/


『よく見える智慧の高殿--第二章 怠らないこと:28~30』



 偈頌28・29中の「賢者」「慧者(智者)」「憂いなき者」「思慮深き者(思慮ある人)」は同義語である。

 普通に言われる「賢者」「智者」というのは、人々が知りたいことを知っていて、難しい問題を難なく処理できる飛びぬけた智慧を持つ人である。
 ただし、普通に言う賢者・智者は、人々を解脱・涅槃へと導くことは出来ないだろう。
 世の中のほとんどの人が望んでいることというのは、釈尊が体得したことではないからである。
 本物の出家が今も昔も少ないのはそのためであろう。

 この記事では、偈頌28・29の「賢者」「智者」「思慮深き者」が、どうやって、何を知っていたのかを考えたい。

 偈頌28・29の「賢者」「智者」「思慮深き者」は、釈尊と同じ体験をした者であろうから、人々を釈尊の世界へ導くことが出来るはずである。
 解説したり、説明したりするのではなく、実際に釈尊の解脱・涅槃へと導くのである。

 それにしても、「憂いなき(者)」とは、ものすごい形容詞である。
 こうなれたら世の中に怖いものは何も無くなるでしょう。
 死神も手の出しようが無くなるのも頷ける。
 だが、本当に文字通り「憂いが全く無くなる」のだろうか、憶測すら難しい。
 こればっかりは体験してみなければ絶対に分からない。


               ☆☆☆
28. 賢者が、〔気づきを〕怠らないことによって、怠ることを除くとき、知慧(般若・慧)の高楼に登って、憂いなき者となり、憂いある人々を〔見る〕。山上に立つ者が、地上に立つ者たちを〔見る〕ように、慧者は、愚者たちを〔気づきの眼で〕注視する。
29. 怠りある者たちのなかにいながら怠らない者がいる。眠りについた者たちのなかにいながら多く起きている者がいる。駿馬が、力のない〔駄馬〕を〔置き去りにする〕ように、思慮深き者は、〔怠りある者たちを〕捨棄して行く。
30. マガヴァント(インドラ神)は、〔気づきを〕怠らないことによって、天〔の神々〕たちのなかの最勝〔の地位〕たるに至った。〔賢者たちは〕怠らないことを賞賛する。怠ることは、常に非難されてきた。(正田師)
               ☆☆☆
28  賢者が精励修行によって怠惰をしりぞけるときには、智者の高閣タカドノに登り、自からは憂い無くして(他の)憂いある愚人どもを見下ミオロす。──山上にいる人が地上の人々を見下すように。
29  怠りなまけている人々のなかで、ひとりつとめはげみ、眠っている人々のなかで、ひとりよく目醒めている思慮ある人は、疾ハヤくはしる馬が、足のろの馬を抜いてかけるようなものである。
30  マガヴァー(インドラ神)は、つとめはげんだので、神々のなかでの最高の者となった。つとめはげむことを人々はほめたたえる。放逸なることはつねに非難される。(中村先生)
☆☆☆


 すでに読んだ二つの偈頌に注目してみる。

                    *
 8 この世のものを不淨であると思いなして暮し、(眼などの)感官をよく抑制し、食事の節度を知り、信念あり、勤めはげむ者は、悪魔にうちひとがれない。(中村先生)
 8. 不浄の随観者として〔世に〕住する者(不浄のものを「美しくなく価値がない」と見る者)を、諸々の〔感官の〕機能において〔自己が〕善く統御された者を、さらには、食について量を知る者を、信あり精進に励む者を、まさに、彼を、悪魔が打ち負かすことはない(正田師)
                    *
 24. 奮起あり、気づき(念)あり、清らかな行為(業)あり、〔物事を〕真剣に為し、自制し、法(教え)によって生き、〔気づきを〕怠らない者であるなら、〔彼の〕福徳は〔自ずと〕増え行く。(正田師)
 24  こころはふるい立ち、思いつつましく、行いは清く、気をつけて行動し、みずから制し、法ノリにしたがって生き、つとめはげむ人は、名声が高まる。(中村先生)
                    *

 8の「この世のものを不浄であると思いなして(不浄の随観者として)」と、さらりと記述されているが、私には一向にこれが身につかない。
 これまでの習性で、「この世のものをきれい(きよらか)なものだと見てしまう」のである。

 「ああ、きれいだな」と思ってしまってから、はっとして、「そうじゃないだろう。不浄なもの、汚いものじゃぁなかったのかぃ!!」と内心で反省する。
 毎度、この繰り返しなのである。

 感官の抑制、食事の節度などもコントロールが出来ていない。

 日常語的な意味で「気をつけて」「常に意識して」8の偈頌を実践しようとしても、気をつけることが途切れることがほとんどだし、常に意識し続けることも難しいため、なかなか向上できない。

 そこで、釈尊の修行法の秘訣を学び訓練する必要があるのだろう。

 それがまさに、24の偈頌に記述されている、

 『奮起あり、気づき(念)あり、清らかな行為(業)あり、〔物事を〕真剣に為し、自制し、法(教え)によって生き、〔気づきを〕怠らない』

 と言う修行法であり、要が、「気づき(念=サティ)」であろうと思っている。
 
 釈尊に弟子入り後たった数日で悟りを開き死ぬまで襤褸(ぼろ)を着続け、岩山や洞穴で生活したらしい大迦葉尊者や法然上人のように、自然体で8や24を実践できる人でなければ、8や24の各項目は相補的な必須の項目なのだろう。

 しかし、要はやはり「気づき(念=サティ=sati)」だと思う。

 気づき(念=サティ=sati)を、私は、タイの瞑想指導者の体験的な教えを読み考え、ほんの少し実践した結果、釈尊の解脱・涅槃に導く智慧(慧・般若・パンニャ)を生み出すものだと解釈している。

 いかなる瞑想法によるとしても、そこで訓練するのは気づき(念)であり、この訓練に上達すれば、8や24に代表されるような実践が身につくのだと思う。

 タイの瞑想指導者によれば、この訓練を続けていれば、智慧(般若)は自然と生じてくるのだそうだ。

 残念ながら、それがどのようなものなのかを、私は説明できない。
 私には智慧(般若)のカケラも生じていないからである。

 ただ、テキストによれば、人間の真実が見えるらしい。
 この真実とは、ホラー映画のような、魔法の鏡を覗き込んだら、己の未来、老い病み末期に苦悶し、息絶え、腐ってゆく姿が見えて恐怖におののくのではなく、反対に、老病死などが妄想だと本当に分かり、その結果、全く不安も憂悶も苦しみも無くなることらしいのだ。
 
 また、その指導者が言うには、経典の研究をする必要は無いそうである。
 何が到達目標なのかをしっかり認識し、どんな修行をすればいいのかを十分理解し、後は、ひたすら実践(訓練)を続けることが秘訣なんだそうだ。

 考えてみれば、日本では釈尊の教えを8万4千の法門などと言って、とにかく膨大な経典を研究することが仏道であるかのごとき観があるが、こんなことをしていたら私のようなアホでグウタラでトンチキな者は死ぬまで頑張っても釈尊の爪の垢さえ味わえないであろう。

 面白い譬え話がパーリ経典の注釈に載っている。

 釈尊の死までの25年間、常に釈尊と共に行動し、釈尊の説法のほとんどを暗記していたという阿難(アーナンダ)尊者は、釈尊が存命中には解脱・涅槃が達成できなかった(つまり、阿羅漢になっていなかった)そうだ。

 阿難自身も相当焦ったと記述されていたと思う。

 経典の経文を知っていることと、実践(訓練)が十分に出来ていて智慧が生じていることとは、全く別なことなのかもしれない。

 30の偈頌は、現代の私たちには蛇足のようなものであろう。
 古代インド人には、非常に分かり易い譬えだったのだと思う。

 大乗仏教から見れば、28や29のような、世俗(衆生)を高みから見下ろすような表現は、いかにも部派仏教的に見えるかもしれない。

 だが、山の頂を彼岸と読みかえれば、何の違和感もないだろう。

 見通しや見晴らしの良い山の頂(山上)というのは、智慧の眼を持ったので、智者(賢者)には物事が良く見えるという比喩的な表現なのである。


 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
   http://tipitaka.cocolog-nifty.com/blog/



『賢者も愚者である? 概念規定の重要性--第二章 怠らないこと:26・27』



 仏典の解説には、善・悪、正・邪、清・濁というような対立語が頻出する。
 概念規定なしに、いきなり、「善を為せ、悪を為すな」「正しいことを行え、邪悪を退けよ」「清浄となれ、汚濁に埋もれるな」というように話が進む。

 しかし、仏典の用語は、必ず、時代の制約のうちにある。
 だから、釈尊当時の時代の思想風土・時代の常識と一体に理解しなければ正しい理解は望めない。

 仏典を読み始めた頃は、注解は参照したが、全てを私の語義解釈で読んでいた。

 当然のことながら、理解は深まらなかった。

 仏典(パーリ仏典、漢訳阿含経)は、何度も述べたように、釈尊が説いた唯一つのこと、『解脱・涅槃の道』だけを説いているはずである。

 釈尊の修行法を説明している「大念処経」の冒頭にも次のように述べられている。

 『比丘たちよ、この道は、もろもろの生けるものが清まり、愁いと悲しみを乗り越え、苦しみと憂いが消え、正理を得、涅槃を目のあたり見るための一道です。』(片山先生訳「大念処経」大蔵出版)
 『修行僧たちよ、生きものたちを清浄にするために、さまざまな愁いと悲しみをのりこえるために、苦痛と憂いを消滅させるために、正しい道を修得するために、ニッバーナの実現のために、このただ一つの道がある。』(渡辺先生訳「大念処経」春秋社)

 解脱・涅槃の道は、釈尊在世当時の古代インドで多くの知識人たちに希求された至高の目標であった。

 したがって、少なくともパーリ仏典や漢訳阿含経の記述にある用語は、全て、この解脱・涅槃という最終目標を実現するために役立つ概念であると考えるべきであろう。

 怠らないこと:26・27の文中の、「愚者(愚かな人々)」「思慮浅き人たち(智慧乏しき人々)」「最勝の財(最上の財)」「怠ること(放逸)」「欲望(愛欲)」「喜悦(歓楽)」「瞑想(思念)」などの用語は、『解脱・涅槃』と結びつけて読むべきである。


               ☆☆☆
26. 愚者たちは、思慮浅き人たちは、怠ることに専念する。しかしながら、思慮ある者は、怠らないことに〔専念する〕――最勝の財を守るように。
27. 怠ることに専念してはならない。欲望の喜悦や親愛〔の情〕に〔耽溺しては〕ならない。なぜなら、〔気づきを〕怠ることなく、〔常に〕瞑想している者は、広大なる安楽を得るからである。( 正田師訳)
               ☆☆☆
26  智慧乏しき愚かな人々は放逸ホウイツにふける。しかし心ある人は、最上の財宝タカラをまもるように、つとめはげむのをまもる。
27  放逸に耽るな。愛欲と歓楽に親しむな。おこたることなく思念をこらす者は、大いなる楽しみを得る。(中村先生訳)
               ☆☆☆


 解脱・涅槃を念頭に置かずに、現代人の常識的な語義解釈で読めば、「愚者」は、文字通りの「お馬鹿さん」ということになるだろうが、上記引用経文で言う「愚者」の中には、古代インドにおける最高の知識人たちも含まれていた筈なのだ。

 言い換えれば、世俗社会(世間・在家の人々の間)では、人々から尊敬され、実際に当時の人々が必要とした祖先の供養や自分の死後の幸せのための祭祀(お呪い)を正しく執り行える有能な人たちも、釈尊から見れば「愚者」の仲間入りをしてしまうのである。

 この世間的な最高の知識人は、決して怠ってはいなかったと思う。
 文書にすると膨大な量にのぼる「ヴェーダ」を暗記し、師匠から学んだその解釈も暗記しており、祭祀の手順に従ってヴェーダの文言を自在に引用できるためには、相当な努力が必要だったろう。

 ダンマパダの経文にある「愚者」とは、『解脱・涅槃に至る唯一つの道』を知らず、目指さす、努力しようとしない人たちなのである。

 『放逸に耽るな。愛欲と歓楽に親しむな。』(中村先生訳)というのは、いわゆる酒池肉林、飲む・打つ・買うのような世間的な「放蕩」ではなく、輪廻再生の恐ろしさ、苦しみを真正面から考えず、世間の人々が勤しんでいる人間的な楽しみ喜びに何の疑念も抱かず、享受していることを意味している。

 「苦楽中道」の「楽」のことである。

 もっとはっきり言えば、結婚し、家族との幸せのために励んでいる私たちの極く普通の、当たり前の生活のことを『放逸に耽り、愛欲と歓楽に親しむ』生活だと言っているのである。

 正田師の訳がこのことを良く説明していると思う。

 『怠ることに専念してはならない。欲望の喜悦や親愛〔の情〕に〔耽溺しては〕ならない。』

 すでに確認したように、「怠らない」とは、出家し、あらゆるものを捨て去り、唯一つの目標である「解脱・涅槃」を目指して努力することなのであるから、その反対語である「怠る」ことというのは、世間に留まり、極く普通の人間生活を過ごすことだと読んでいいだろう。

 『〔気づきを〕怠ることなく、〔常に〕瞑想している者は、広大なる安楽を得るからである。』
 『おこたることなく思念をこらす者は、大いなる楽しみを得る。』

 これが出家した比丘(解脱・涅槃を目指す修行者)の為すべきことであり、その目標である。
 解脱・涅槃を達成して得る「安楽(楽しみ)」は、私にはまだ具体的には分かっていない。
 想像の域を脱していない。

 一方、世間に留まり、極く普通の社会生活をしている者が手にする安楽(楽しみ)はほぼ実感してきた。
 愛する人と出会い、そこで得られる喜びを知り、子供を得てまた喜び、それを生きがいとして仕事に励む。
 この生き方は、最高の知識人・バラモンとて同じであったろう。

 世間の人々(一般の人や最高の知識人バラモンたち)の最勝(最上)の財タカラとは、幸せな家庭・良い子供たち・財産・良い親族・良い友人たちなどであろう。

 釈尊は、それらを全て捨てた。
 それが出家である。

 釈尊の教えにおいては、知識があるか無いかが「賢・愚」の判断基準ではないのだ。


 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
   http://tipitaka.cocolog-nifty.com/blog/


『駕籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋を作る人--第二章 怠らないこと:23~25』


 釈尊が生きておられた時代からすでに2500年ぐらいたっている。

 私たち人間の生き方は、2500年経った分良くなったのだろうか?

 どうもそんな風には見えない。

 第二次世界大戦や太平洋戦争を真剣に反省することもなく、むしろますます、覇権争いは激しさを増している感じである。
 
 革命や独立が成功すると、今度は、国内で権力争いを始めて、結局、弱者はいつまでも誰かの強権の下で搾取され続けることになる。
 
 「ロシア革命」が成功した時、世界の人たちはどんなに大きな期待をしたことだろう。

 それは数年もすると、幻滅へと変わり、ロシアで権力を握った人たちは、新たな皇帝グループとなった。

 日本も一見、民主政治や法治国家の体裁をとっているが、実際には、戦国時代さながらの天下取りの争奪戦場であり、権力のピラミッドの各位置を争っているのである。
 権力を握れば、巨額の利権を手にすることが出来る。
 権力の匂いは香しく、その味は最高なのだろう。

 釈尊が看破したように、いまも、人間は賢くなっていない。

 何故人間は欲深いのだろう?
 それは人間の欲望は無限であるのに対して、世界の富は有限であるからだろう。

 さて、こういう人たちにダンマパダを講釈して何か効果があるだろうか?
 多分、個人的には大いに興味を持つ人もいるだろうが、所詮それは、実践には移せない類の思いでしかないだろう。
 ダンマパダを実践したら、権力グループから排除されるだろうからだ。
 ウソをつく、騙す、たかる、脅す、陥れる、仲間を売る、見殺しにするなどなどの悪行を止めたら、当然仲間はずれにされるだろう。
 権力グループにとっては、彼が良心に目覚め、正直になって、内部告発などされたら一大事であろう。

 実践していない者に言う資格は無いと釘を刺されているのだが、釈尊の説法は、実践しなければ何の価値も無いものだと思う。

 もしも、彼が本気で権力の悪行に嫌気がさし、家族の行く末にきちんと手当てが出来るのであれば、釈尊の教えを実践してもいいだろう。

 ダンマパダやスッタニパータは、記憶しやすいように要点を箇条書きにしたような形態になっている。

 だから、これらの短い偈頌(詩句)を読んだだけでは、実際にどのように実践すればいいのか分からないだろう。

 そこで、もっと詳しい修行法の説明が欲しくなる。

 一番いいのは、日本人やタイ人、ミャンマー人などで、実践修行を中心にしている上座部(テーラワーダ)仏教の指導者の指導を受けることだろう。
 ほとんど知らないで言うから文句を言われるが、同じ上座部(テーラヴァーダ)仏教の比丘といっても、お呪い仏教が中心の方も居れば、釈尊の解脱・涅槃の道だけを真剣に実践している方も居られるようだから、人選が肝要。
 理論家は駄目。

 日本人の指導者以外だと、言葉の壁が問題となるが、そこはそれ、本気を出せばなんとかなるだろう。
 釈尊の言う出家とは、何もかも捨てて、ただ一途に解脱・涅槃を目指すことなのだから、出来ないことは無いだろう。

 行く前に、日本語に訳されているパーリ仏典を読破するのもいいだろう。

 パーリ仏典は、明らかに在家向けの説法と思われるものを除けば、どれも解脱・涅槃の修行法を説いたものだと思って読んで良いと思う。
 
 私は、実践修行法の予備知識も無く、いきなり「大念処経(マハーサティパッターナスッタ)」を読んだが、チンプンカンプンだった。
 今も、細部はよく理解できない。
 正田師訳「清浄道論」(これは経典ではなく、一種の修行法マニュアル兼教義書なのかなと思っている)は、修行法を詳しく説明しているらしいのだが、読み通せていない。

 よくもまあそんなテイタラクで偉そうに言えたもんだと呆れているでしょう。
 実際そんな程度なのであります。

 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
   http://tipitaka.cocolog-nifty.com/blog/


『馬鹿の一つ覚え。釈尊は解脱・涅槃だけを勧めた--第二章 怠らないこと:23~25』


 馬鹿とは、勿論、私ことavaroのことであります。

 この私めが、釈尊の教えを本気で勉強し始めたのは、10前後前からだったと思う。

 まだ、釈尊の教えがどんなものなのかほとんど分からず、何十年も唯持ち続けていたスッタニパータ(岩波文庫)の翻訳者、中村元先生の著書(選集、全集)を頼りに必死に勉強し、分かったことをブログに発表していたら、Mさんがコメントを寄せてくれ、大いに励みになって、いっそう勉強に励んだ。

 馬鹿なavaroの馬鹿目が開いたのが数年前のことで、やっと、解脱・涅槃がどんなことなのか分かったつもりになれた。
 スッタニパータの記述を読みこなせるようになったと感じたのだ。
 馬鹿avaroだから、分かったつもりになっただけなのかもしれないが、私は今のところ、この理解で良いと確信している。

 これが、馬鹿の一つ覚えである。

 僭越ながら、この馬鹿の馬鹿目で紙背を読むと、アーラ不思議、世に言うお偉いさんのおっしゃることが馬鹿馬鹿しく思えるようになった。
 長々と講釈をたれていても、結局中身が無い講釈の何と多いことか !!

 「何をぬかすか、この馬鹿avaro目 !!」と呆れる方々はどうぞお先に行かれませ。

 釈尊の説法、すなわち、パーリ経典や漢訳阿含経は、唯一つの事しか説いていないというのが、馬鹿avaro目の睨みなのであります。

 ダンマパダ然り、スッタニパータ然り、ディーガ・ニカーヤ(長阿含)もマッジマ(中阿含)も、アングッタラ(増一阿含)もサンユッタ(雑阿含)もクッダカ・ニカーヤも皆然り。

 こう言うと、「それを言っちゃぁお終いよぉ」と言われそうだが、在家への説法はいわば「おまけ」のようなものなのである。

 その何よりの証拠に、釈尊は決して「私は一切衆生を救済し、すべて仏にしてやろう」などとおっしゃっておられないことである。
 そんなお言葉がパーリ仏典に書いてあったら是非教えて欲しい。

 せめて、「よろしい。私に任せなさい。一切衆生は、必ず、『天(神々の世界)』に生まれ変わらせてやろう。全員、最低でも神々の仲間入りが出来るようにしてあげよう」ともおっしゃらなかったのである。

 何と言われたか?

 在家信者に対しては、「悪いことをしなさんなよ。善いことだけをしなさい。そうすれば、善い所(天)に行けますぞ」なんておっしゃっているでしょう。

 パーリ仏典に書いてあるかどうか調べたことが無いので分からないが、人間に比べれば、天はずっと寿命も長く(ラッキー)、天の上層に生まれれば、この忌々しい肉体を持つことも無いが(嬉しい)、それでも、輪廻を脱したわけではないので(溜息)、どんなに長い寿命であろうとも、いずれ、寿命ですから終わり、つまり「再死」を避けられない(キャー)、とどこかに記述されているらしい。

 そりゃそうですよ、もしも、釈尊が「私に任せなさい。全員、極楽行きです」なんて宣言しようものなら、公然と核ミサイル数百発を持っていて、それでも不安でしょうがないので、「オレッチに楯突く奴には絶対核ミサイルは持たせないんだもーん」とか何とか言っちゃって、近隣の異教徒諸国に堂々とミサイルをぶち込んでいる(こいつ等、最近、またまた、あの野郎「いらんことしやがって」なんて言って、ミサイル攻撃宣言してますよ-の)あの国の秘密組織に暗殺されちゃいます。

 こりゃぁ、時代錯誤もハナハダシイ。

 もう一度言いますと、釈尊は、

 ① 解脱・涅槃への道(「不死」の道)
 ② よい所(天界、現今は人間界)への道(だが、結局は、「再死」の道)

を説いたことになっているが、「不死」「再死」という観点から見れば、在家に説いた道は、従前通り(バラモン教のまま)と言えなくも無い、でしょう?

 大乗仏教が、「極楽」「成仏」と目の色変えるのも分かる気がします。

 慈悲の釈尊が、釈尊を初めとする弟子たちの修行を支えたくれた(衣食を提供してくれた)在家信者を、「再死・輪廻」の道におっぽり出すはずが無い、と考えたのも無理からぬこと。

 では何故釈尊は一切衆生を救済してくれなかったのでしょう?

 答え。

 釈尊曰く。「馬鹿者。解脱・涅槃とは、各自の内部の変革なのだよ。お前たちは、私の心が見えるのかね?」なぁーんて。

 解脱・涅槃を達成した阿羅漢には、六つの神通力が備わるなんて言われますが、その一つが他心通。
 そりゃぁ、阿羅漢なら、他人の心理を読み取ることはたやすいかもしれないが、心の中を直接見るのは不可能でしょう。
 *六神通のうちの四つ(wikipediaより)
天眼通(てんげんつう)- 五眼(ごげん)の一。神通力により、ふつう見えないものを見通す超人的な眼。
天耳通(てんにつう)- ふつう聞こえる事のない遠くの音を聞いたりする超人的な耳。
他心通(たしんつう)- 他人の心を知る力。
宿命通(しゅくみょうつう)- 自分や他の人間の前世を知る力。

 内部変革だということは、「梵網経」(パーリ仏典の冒頭の経)に次のように記述されているのであります。

 『(しかもその知ることに執着しません。執着しないから、ただひとり自ら、そこに寂滅が見られます。)比丘たちよ、如来は、もろもろの感受の、生起と消滅と、楽味と危難と出離を、如実に知って、執着なく、解脱したのです。』(片山先生訳、大蔵出版)
 『比丘たちよ、(しかしそれを知って如来は固執することがなく、また固執がないから、心の内に寂静があり、)感受の[生起する]原因と消滅と過患と出離とを正しく知って、執着を離れている。』(浪花先生訳、春秋社)

 「ヘンシーン」と言っても、外観のことではなく、精神内部の、まさに、「変心」なのであります。

 上記引用文のすべての用語が「心」の中の出来事であることを物語っていると思いません?

 もしも、もしも、興味関心が湧いたならば、私馬鹿目が記述した、以下の記事をお読みくださいませ。論理的でもなく、くどくどしいだけの中身の無い記事でしょうから、心眼と紙背透徹の目を以ってお読みいただきたい。

  シリーズ「梵網経から何を読取ればいいのか?」1~8(下記URLは、1.のもの)
    http://blogs.yahoo.co.jp/avaroikite/60683201.html


イメージ 1

イメージ 2

上:絵の提供 吉野山隆英氏 東京大空襲絵画「報われぬ犠牲」
 http://www.kmine.sakura.ne.jp/kusyu/kuusyu.html
下:長崎に原爆投下、火の玉地獄
 http://www.youtube.com/watch?v=gJG_BVHF8ak


2012.5.3(木) *本日の記事は、大量殺戮&残虐国家アメリカ&中国の欺瞞と日本人の運命

またまた、日本政治家のお家芸、いきなり、ドタバタとアッという間に憲法改正をしてしまう危険性有り→日本国民よ、お前とお前の子孫の運命は、この憲法改正にかかっているぞ! 眠くても、各政党の憲法改正案を良く読め! 自分の意見を固めろ! 同じ立場の仲間を見つけて、団結せよ!


大量殺戮を平然と行うアメリカの欺瞞

① Hiroshima Nagasaki Atomic bombing 広島 長崎 原爆投下(ビデオ)
 http://www.youtube.com/watch?v=gJG_BVHF8ak

②昭和20年3月10日 史上最大の虐殺--東京大空襲
  http://www.kmine.sakura.ne.jp/kusyu/kuusyu.html


イラク戦争の民間人死者数、3年間で15万人超=WHO
2008年 01月 10日 15:24 JST

 [ジュネーブ 9日 ロイター] 世界保健機構(WHO)が9日に発表した調査結果によると、イラク戦争開戦後の3年間に攻撃などで死亡したイラクの民間人の数は約15万1000人となった。

 イラク戦争開始以降で最も包括的な内容となる今回の調査では、2003年3月─2006年6月の死者数は10万4000─22万3000人になる可能性があるとしている。

 同期間の死者数については、2006年のジョンズ・ホプキンス大学による調査では60万人以上とされていた。今回の数字はこれを大きく下回る一方、非政府組織(NGO)イラク・ボディー・カウントによる集計値である8万─8万7000人は上回っている。 

 WHOの調査を担当したモハメド・アリ氏は、記者団に対し「こういった推計の作成には多くの不確定要因がある」と指摘。バグダッド州やアンバル州の一部で治安が不安定なために調査担当者が近づけない地域があったなどの理由から、統計の誤差は相対的に高くなるとしている。

★ 中国の現実&未来の日本?

① jijicom(時事ドットコム)
 http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2012050300062
陳氏、米亡命を希望=「裏切られた」と米非難-CNN

 【ワシントン時事】CNNテレビによると、中国の米大使館から北京市内の病院に移った人権活動家・陳光誠氏は3日未明(現地時間)、妻と共に入院先の病院で同テレビの電話インタビューに応じ、自らの命が危険にさらされているとして、できるだけ早く出国し、米国に亡命したいとの意向を表明した。
 陳氏は「中国にとどまれば、生きていることはないだろう。オバマ大統領に家族全員が出国できるようあらゆる手段を尽くしてもらいたい」と語った。陳氏の妻も「未来のない中国で子供を育てたくない」と述べた。
 米政府は、陳氏が中国にとどまることを希望したと説明していた。しかし、同氏は病院で再会した妻から、椅子に縛り付けられて取り調べを受け、生命への危険を示唆する脅迫を受けたことを聞かされ、改めて亡命を決意したという。同氏は、米大使館で事情説明を受けておらず、「米国に裏切られたと感じている」と強い不満を表明した。(2012/05/03-08:54)


 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
   http://tipitaka.cocolog-nifty.com/blog/

『民衆の生き方を拒否した釈尊--第二章 怠らないこと:23~25』


 今日、小雨がぱらつく中、散歩を兼ねて、食料買出しに行ってきた。
 そのついでに、いつもの書店に寄って立ち読み物色をしてきた。

 入り口にバラ積みにしてある文庫本があった。
 イギリスの教授が書いたという歴史書の翻訳である。
 一流大学の学生が読んでいると帯に書いてある。

 パラパラめくってみたら、仏教に関する記述があった。
 買ってきて引用したかったが、お金が勿体無いので止めた。

 原始仏教つまり釈尊在世中の仏教について、バラモン教や後のヒンズー教のような、民衆の日常生活に益するものではなかったため、結局、民衆の生活の中には浸透せず、ヒンズー教の興隆とともに、インドでは仏教が主流となることが無かったというようなことが書いてあった。

 釈尊は、弟子たちや教団(修行集団=サンガ)に、一般民衆との交流を認めず、ひたすら解脱・涅槃を目指して修行に専念するよう指導したらしいので、この記述はおおむね正しいのかなと思った。

 ダンマパダやスッタニパータの記述は、まさに、このような釈尊の指導方針と一致していると思う。

 しかし、釈尊の死後、仏教の変容が始まり、部派仏教の時代になると、修行に専念するという釈尊の方針も大きく変わって行ったようである。
 その結果が、現在上座部(テーラヴァーダ)仏教諸国で行われているお呪い仏教なのだと思っている。

 釈尊の時代は、在家のお葬式を初めとする冠婚葬祭の一切にかかわらなかったと思うが、今は、民衆の生活と教団(仏教)は深いかかわりを持っている。

 
 次の3っの偈頌は、釈尊時代のサンガや弟子たちの修行に専念する姿を髣髴とさせてくれる。

 唯一つの目的を達するために、ひたすら日夜怠らずに勤め励んだのであろう。
 

               ☆☆☆
23. 彼らは、常恒の瞑想者たちであり、常に断固たる努力ある者たちである。〔常に気づきを怠らない〕慧者たちは、涅槃〔の境処〕を体得する――束縛からの〔心の〕平安という無上なるものを。
24. 奮起あり、気づき(念)あり、清らかな行為(業)あり、〔物事を〕真剣に為し、自制し、法(教え)によって生き、〔気づきを〕怠らない者であるなら、〔彼の〕福徳は〔自ずと〕増え行く。
25. 〔心の〕奮起によって、〔気づきを〕怠らないことによって、自制によって、さらには、調御によって、思慮ある者は、洲を作るがよい――それを、激流が押し流さなすことなきものとして。(正田師)
               ☆☆☆
23  (道に)思いをこらし、堪え忍ぶことつよく、つねに健タケく奮励する、思慮ある人々は、安らぎに達する。これは無上の幸せである。
24  こころはふるい立ち、思いつつましく、行いは清く、気をつけて行動し、みずから制し、法ノリにしたがって生き、つとめはげむ人は、名声が高まる。
25  思慮ある人は、奮い立ち、努めはげみ、自制・克己によって、激流もおし流すことのできない島をつくれ。(中村先生)
               ☆☆☆


 この3偈頌に対する中村先生と正田師の和訳は、かなり、異なっている印象を受ける。

 すでに、21・22の偈頌でも、原典の読み方が微妙に異なっていたが、私は正田師の和訳の方が良いのかなと思っていた。

 それはどういうことかというと、中村先生の21の「つとめ励む」である。
 正田師は、この部分の和訳に( )を付けて訳語の補足をしている。
 つまり、「〔気づきを〕怠らないこと(不放逸)は」というふうにである。

 怠らない(~しない、という否定形の原語を中村先生は、肯定的に「励む」と訳したそうだが)という原語を正田師は、ただ単に「気ままに、怠ける」の否定という意味を持たせただけでなく、釈尊の修行法の要(かなめ)の一つである、「気づき(sati=サティ)」を怠らないと読んでいる。

 釈尊の修行法を勉強していれば、正田師の訳の方が分かりやすい。

 この「気づき(sati)」については、正田師は、24で、はっきりと「気づき(念)あり」と訳しているが、中村先生は、「思いつつましく」という和訳をされている。
 原語のパーリ語では、「satimato」らしいので、どちらの訳もありうるのか、分からないが、ここもやはり、「気づき」の方が読み取りやすい。

 次に気になるのが、中村先生の和訳、24の「名声が高まる」である。
 経典を読んでいて納得しにくいのが、名声とか容姿が高まる、良くなるというような記述である。
 そんなもの、およそ、解脱・涅槃と関わりの無い概念のような気がするからである。

 25の「洲」「島」は、中村先生の註を見ると、どちらの和訳でも良さそうである。
 釈尊は、しきりに、煩悩の激流に耐え得るような拠り所を作れと命じている。
 勿論、此岸・彼岸の譬えと同じで、どこかにそういう場所を作るのではなく、自己(あるいは心)を訓練し、心の奔流に翻弄されることの無い確固とした拠り所(訓練された自己=洲・島)を作れということのようだ。

 この3っの偈頌には、釈尊の修行法が濃縮されている。

 24には、はっきりと釈尊の修行法の目標、『涅槃〔の境処〕の体得(安らぎの達成)』が宣言されている。

 釈尊の修行法を圧縮したような23~25の偈頌を読めば、弟子(比丘)たちがただ一筋に修行だけに励んでいた様子が分かると思う。

 この偈頌には、一般社会人(在家信者など)の生活とはほとんど接点の無い自己との闘いだけがある。

 ダンマパダが、言い換えれば、釈尊の修行法が、社会生活の向上や社会倫理、一般人の生活目標(いわゆる幸せ)とはほとんど無関係なものだったと言えると思うのだが。

 

 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
   http://tipitaka.cocolog-nifty.com/blog/


『対機説法、応病与薬。涅槃と不死--第二章 怠らないこと:21・22』



 経典に残された釈尊の巧みな説法の数々から、対機説法・応病与薬という相手の資質・状況に応じた効果的な説法という評価が出来たのだと思う。

 憶測だが、もしかすると、悟りを開き、涅槃を体得した釈尊は、「死」だけでなく、「輪廻」も「再生」も何もかも実際に存在しない「思い込み」だと直感したのかもしれない。

 すでに述べたように、「不死」とは、身体(肉体)の死、すなわち、生命活動の停止のような生物的な或いは化学的な現象に関する事柄ではない。

 心の働きを知り、心の訓練をして、「俺は、生き物だ」「生き物なんだから俺はいつか死ぬ」というような「考え方」をしなくなることなのだと思っている。

 古代インド人の常識に従って、釈尊も身体と心を区別して考え、身体(感官)から心に忍び込んでくる迷妄(貪・瞋・痴)の悪魔をすばやく捉え、それらの迷妄が心を占領できないようにすれば、「俺の命」とか「俺の身体」とか「俺の人生」とか「俺は死ぬ」というような思いが生じなくなる、つまり「不死」となるのである。

 もう一度、「第二章 怠らないこと21・22」を読んでみよう。


               ☆☆☆
21. 〔気づきを〕怠らないこと(不放逸)は、不死の境処である。怠ること(放逸)は、死魔の境処である。〔気づきを〕怠らない者たちは、死ぬことがない(常に目覚めている)。彼ら、〔気づきを〕怠る者たち――〔彼らは〕死んだままである。
22. 怠らないことについて、賢者たちは、このように、「殊勝のものである」と知って、〔気づきを〕怠らないことに歓喜する――聖者たちの境涯に喜びある者たちとして。(正田師)
               ☆☆☆
21  つとめ励むのは不死の境地である。怠りなまけるのは死の境涯である。つとめ励む人々は死ぬことが無い。怠りなまける人々は、死者のごとくである。
22  このことをはっきりと知って、つとめはげみを能く知る人々は、つとめはげみを喜び、聖者たちの境地をたのしむ。(中村先生)
               ☆☆☆


 聖者たちの境涯(境地)とは、「不死」を楽しむ生き方であろう。

 この聖者たちの楽しみを説明するために、一般の人たちの生き方、すなわち、死魔に支配された境涯(死の苦しみに常に怯える生き方)と対比させている。

 これはまさしく対機説法・応病与薬の説法であろう。

 「輪廻」「再死」の苦しみに怯える当時の古代インド人の心理をうまく突いた説明の仕方だったのではないだろうか?

 今でも、霊魂や実体的な精神の実在を信じている人が結構多いようだ。

 ましてや、古代インドの人たちは、大半が霊魂や精神的実体、来世、天と地獄などを実在のものと信じて疑わなかったであろう。

 そういう人たちに涅槃を説くのは並大抵のことではないはずだ。

 ところで、前回の記事で、賢い人はいつの時代でも、明確な目標を持って努力してきたと述べた。

 お手元に、ダンマパダの前文(全26章423偈頌)をお持ちなら、流し読みに一度全部読んでみては如何だろう。

 そうすると、ダンマパダが説いている、人の最高の目標というものが何となく見えてくるはずだ。

 それが、現代人の多くが目指している目標とは全くと言って良いほど異なったものだということが分かるだろう。

 本当にダンマパダを理解し、釈尊の教えを自分の生き方に役立てたいと考えるなら、この理解から出発しなければならないと思う。

 釈尊の教えは、哲学でも倫理でも人生訓でもない。

 非常に厳しい現実的実際的な、生き方なのであり、実践あるのみなのだ。

 釈尊の指導は、本当に厳しかったようだ。
 「怠らない(勤め励む)」を文字通りに実践せよと叱咤激励したらしいのだ。
 涅槃はある意味それくらい必死に努力しなければ達成できなかったのだろう。


 と、偉そうに言っても、誰も本気でこんな駄文読んではくれないでしょうがね。
 私は言いっぱなしのつもりで書いていますのであまり気にしませんが。

 

 *「ダンマパダ」の経文は、①中村元訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)、②正田大観訳「ダンマパダ」(下記URL)より引用させていただきました。
  小部経典 翻訳 (原典と正田大観師による日本語訳)
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 『釈尊の叱咤激励--第二章 怠らないこと:21・22』


 第二章は、主として釈尊の弟子たちに向けた叱咤激励の言葉であろう。

 釈尊の死に立ち会った(パーリ涅槃経=大パリニッバーナ経)とされる阿那律尊者(アヌルッダ)は、釈尊の説法中に居眠りをして釈尊に諭され、奮起して不眠の誓いを立て修行に励んだため失明したとされる。

 アヌルッダはそれほど気の緩んだ、いい加減な性格の人ではなかったような感じだが、釈尊の言葉は厳しかったのだろう。

               ☆☆☆
21. 〔気づきを〕怠らないこと(不放逸)は、不死の境処である。怠ること(放逸)は、死魔の境処である。〔気づきを〕怠らない者たちは、死ぬことがない(常に目覚めている)。彼ら、〔気づきを〕怠る者たち――〔彼らは〕死んだままである。
22. 怠らないことについて、賢者たちは、このように、「殊勝のものである」と知って、〔気づきを〕怠らないことに歓喜する――聖者たちの境涯に喜びある者たちとして。(正田師)
               ☆☆☆
21  つとめ励むのは不死の境地である。怠りなまけるのは死の境涯である。つとめ励む人々は死ぬことが無い。怠りなまける人々は、死者のごとくである。
22  このことをはっきりと知って、つとめはげみを能く知る人々は、つとめはげみを喜び、聖者たちの境地をたのしむ。(中村先生)
               ☆☆☆

 人が奮励努力する時、そこには、必ず明確な目標がある。

 現代人も、日本人だって、他国の人だって、多くの人たちが、それぞれの目標に向かって努力している。

 釈尊は寝る間も惜しんで修行に励めと諭したそうだが、目標こそ異なるが、現代人もそのように努力する人がたくさん居る。

 人生は短い、怠るな、努力せよという警句は洋の東西を問わず発せられてきた。

 問題なのは、努力の「目標」である。

 釈尊が示した目標は、涅槃(ニルヴァーナ)であり、死神の支配を脱すること(不死)であり、輪廻からの解脱である。

 人間としてこの世に存在した者は、「死」を避けられない。

 日々、あるいは、いつの日か、私たちは「死」と向き合わなければならない。

 釈尊は、為すことなく「死」を迎えれば、「再死」を繰り返すと考えた。
 そこで、「再死」を脱すること、すなわち、解脱を至上の目標にすえた。

 現代人も、当分「病」「老い」そして「死」を避けがたい。

 では、現代人にとっても、「再死」(輪廻)からの解脱が人生究極の目標であろうか?

 「再死」からの解脱を目標にしなければ、釈尊の教え・修行法は役に立たないだろうか?

 私たちが人間であり、生き物であるという点では、釈尊の時代とまったく変わらない。

 いずれ「死ぬ」ということもまったく変わらない。

 だが、私は「再死」や「輪廻」に関してはまったく実感が無い。
 「霊魂」や「精神的実体」に関しても実感は無い。

 釈尊が何の未練も無く「身体(肉体)」を捨てたように、私は多分「精神」も捨てるだろう。
 身体の死はどうしようもない、そのように、精神の消滅もどうしようもないことだろう。

 現代人にとって、再死(輪廻)からの解脱は、人生の目標とはなりにくいと思っている。
 しかし、涅槃あるいは、涅槃に到る努力は、現代人にとっても必要なものだと思う。

 抵抗はあるが、「修証一如」という考え方は一つの方向かなと思う。



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